| TOL体験談 2006Winter−Healing Circle |

| ヒーリングサークル ―自分の理解をはるかに超えた世界と再びつながる― ここ数年間、パートナーの過労入院、自営業での取引先の破産、自分自身の更年期障害の症状の数々により、視野がどんどん狭くなりつつある中でサンパティのワークと出会い、その半年後に参加したヒーリングサークルのグループでした。 一週間、私たちは円をつくって座り、オームを詠唱することで癒しのサークルにつながってから、セッションに入りました。みんなでオームを詠唱していると、オームという声、音が重なりあい、不思議なことに、その音の中に女性の声で歌が聞こえてきました。癒しは、自分には癒しが必要なんだと認識し、助けを受けることを許す勇気を持つことから始まります。私のハートは、オームの音のハーモニーの中に潜んでいる女性の歌に吸い込まれていくように、癒しのサークルに吸い込まれていきました。 今でも助けが欲しいとゆだねる勇気があれば、いつでもそこにあのサークルはあるのだ、そして、信頼があれば、いつでもそこにつながれるのだと感じています。 そう、目に見えない助け手たちを、私の中のどこかが感じています。 そして、私はうれしいです。私が生の中にあっても、死の中にあっても、世界は神秘に満ち満ちていて、自分の理解をはるかに超えたものだということが… 40代半ばになった今でも私は、子供の頃、さらには子宮の中にいた頃同様、さまざまな栄養や助けや愛を必要としています。 それは、まるで宇宙とへその緒でつながっているかのようです。だから、必要を感じた時には、何が必要かを存在に呼びかけることが自然なのだと思うようになりました。 それから、円をつくって共に座った仲間のシェアリングを聞くことも、癒しの助けになりました。私は体でしか表現できなかったこと、うまく言葉で紡げなかったことも、円にいた誰かが言葉で表現してくれると、あるある私の中にも、そんなこと…と何度も思いました。そして仲間のシェアリングを聞くことで、 より感情や思考に近い部分も癒されたと思います。 癒されたいと願う時、自分の傷を隠さずに、それとともに居て癒されたいと願う時、自分の傷とともに居ながら、信頼の内に溶けていく… とほうもない信頼、愛の磁場で、癒しの体験を導いてくれたサンパティ、ありがとう。 ジャグ、スタッフのみんな、共に癒し、癒された仲間たち、ありがとう。 ありがとう…そして、これからもよろしくね。 kumari |

| 初めまして!ぷらばなです。 今年5月新潟妙高高原で行なわれたトランスミション・オブ・ライト-ヒーリングサークルの講座に参加させて頂きました有難う御座いました。 ヒーリングサークルは、創始者サンパティの話によると自分を生きるためのヒーリングだそうです。 又細胞レベルから新しい魂のブループリントを生きるために必要な肉体を作って繰れる物でもあるとの事でした。探求者にとっては肉体に高い意識を降ろして繰れる物でも有るとのお話でした。 その講座を受けて2ヶ月余りが過ぎた今の所の変化を感想文として書かせて頂こうと思います。一番の変化は、1ヶ月ほど前の事ですが突然私の所に何か未知なる物が遣って来た突然の変容を感じました。 それは大地から沸き起こった天に上がる巨大な意識の柱の様な物の出現です。 しかしながらそれは私を越えた所での出来事で私には上手くそれを説明する事ができません。 多分それは自己と言う物の現れだと思われます。 私達は、普通肉体を自分の体だと思っていますがしかし私の少しの経験から申しますと私達は、色んな側面を持っている様に思います。 例えば時空を越えた別の次元に居る永遠としての私。 この世界と一つとして在る全体としてのボディ(自己)をとうしての私。 もちろん肉体としての私。 一口に自分自身を知るとよく言われますがなかなかその全体を知る事は私にとっては難しい事の様に思われます。 今回ヒーリングサークルの講座をとうして起こって来た事は、多分全体をボディとした私(自己)と言う物の出現だと思います? まだ起こり始めたばかりですが!私の知る限り永遠の私を知る物は、トランスミション オブ ライトではヒーリングサークルと陰陽の関係に有る覚醒のサークルがその役目に有ると思います。 そう言いますと何かとんでもない事のように思われますが、そういう探求をとうしてえる喜びは当たり前の喜びではないかな?と最近の私から感じる所が有ります。 風の爽快さを感じ人の楽しそうな顔を見て喜び花を見て良いなと思える。 当たり前の私の出現あたり前で有りながら小さな子供の様に生きれる無垢の私。 さきほど言った難しい世界を忘れた所に当たり前に生きる私を、この講座のお陰で今少し感じ始めている、今日この頃です。 有難う!感謝です。 そしてヒーラ-としての新しい人生が少しずつ花開いて来ています。 ありがとう!友人達 サンパティへ ぷらばな love |

| ハートのシスターズから ブラザーズへの架け橋 私が東京で味わったヒーリングサークルの印象は薄いものでした。でも妙高高原で出現した圧倒的なサイレントスペースは私を酩酊状態にさせ、サンパティと25名の友人達ともに過ごした7日間はハートが深く深く酔っぱらって、この上もない至福の時を味わうことになりました。 賢女たちの癒しの手と歌と称される1番目のクリスタルが今となっては最も印象深いものになっています。最後のクリスタル14番目のネイチャーに至るプロセスの中で確実に起きていることがありました。 「受容性」のスペースが自分でも驚くほど広がっていったことです。その無条件に受け入れる女性性が私を奇跡的な体験へと導いてくれました。 あることをきっかけにして泣いている私がいました。止めどなく涙があふれて、ほぼ一日食事をせずにハートは泣きつづけました。それが「悲しい」のか「嬉しい」のか判別できなかったぐらいです。その時は賢女たちの癒しの歌を全身全霊で聴いていた…と今は思っています。現実的にはセッションルームで何度となくかかっていたエンヤのアマランタインが忘れられない癒しの歌になりました。 その「癒しの歌」との共感のあとしばらくして、ある変化が起きました。同性に対して壁がなくなっていることを発見したのです。ある面では男達を可愛いと感じ始めたことです。そしてセッションルームの圧倒的なサイレントスペースの中で、静かに座っているだけで宇宙の音楽が聞こえました。セッションの後のシェアリングの時間、誰かの話を聞きながらサイレントサウンドを聴いていました。 また独り座りながら誰かのことを思うと、その人のことが手に取るように分かり始めました。そして男達に深く共感していました。今まで味わったことのない感覚とともに、男と共にいることがこんなに安心感とやすらぎを覚えたことはなかったと思います。私の男性性が臆病な籠から羽ばたいている喜びをシェアーしたくなりました。 そして同時に何人かの女性参加者に…私が苦手だと感じていた人たちにハートからのハグを求めました。何か具体的に病が癒されたということはありません、でも自由なハートを閉じ込めていた檻のようなものが溶け去ったことは事実です。 私の癒しは「ハートの解放」にあったと今は思っています。このヒーリングサークルに心から招いてくれたジャグルティ、私のためにエンヤをかけてくれたトーシャン、私の片思いをかるく受けてくれたマスタ、私にラブエナジーを注いでくれたシスターズ、そして誰よりもサンパティに感謝しています。あ・り・が・と・う…ヒーリングサークルin妙高高原!!! 今、文章を書いているテーブルの横にブラザーフッドオブワイズメンを置いて眺めています。このクリスタルとここ3週間程ワークして、どんな性質の波動なのかを探索しているところです。 ほとんど「OSHO」そのものと言っても良いぐらいに、タントラ的アスペクトの光を放っていて、「虹色の波動」と言う言葉がぴったりとくる表現かも知れません。身体のどの部分にトランスミッションするかによって印象がまるで異なってくるクリスタルです。 サイレントの沼の中にどっぷり落としてくれるかと思ったら、宇宙と一体になるような感覚をも出現させます。非常に明晰でクリアーな意識へ導いてくれるかと思うと、ベルベットや絹の柔らかさのような光が浸透して、それに感応するハートが甘い痛みと喜びを覚えます。また時には荒々しい「野生」の呼び声に戸惑う人もいます。 そしてあなたは何もしなくていい、そのままあるがままでいいと言うメッセージを受け取るひともいます。これは、「OSHOのタントラ」そのものではないでしょうか。 この感触を否定するサニヤーシンはいないだろうと思う程、それは確信に満ちてきます。 本来伝統的タントラは女性のための教えと伝え聞いています。しかしワイズメンの波動のアスペクトがもしタントラだとすればこれは「何」でしょう。 OSHOが現代に蘇らせた 「OSHOタントラ」は男性の為にこそふさわしいと言うことでしょうか? 私は空想の中でとんでもないことを言っているのでしょ うか? ワイズメンは男性の為のタントラの石だ……と。 Love, Dhyan Sandesh. (2006/8/23) |

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