| TOL体験談 2005Winter |

| トランスミッション・オヴ・ライト-覚醒のサークル 冬 女神山にて どこから始まったかは、もう覚えていない。 けれど、自分の体は、そこに行くのを強烈に望んでいた。 1つ1つ、サークルをめぐり、そしてただ、レット・ゴー まで生ききることだけを、望んでいた。 苦しみ、楽しみ、怒り、涙、笑い・・・。 あらゆる感情となにかを体験して、毎日生き続けた。 ダイナミックは、苦しいものだった。いつも自分を プッシュし続けて来たから・・・。 そして、レット・ゴーの前の日、姉が亡くなった。 姉に会いに行くのか? レット・ゴーまで残るのか? 深い決断をした。 残ることにした。 そこにいた友人たちにそのことをシェアした。 ただ涙があふれて、そして友人たちの温かい 愛を受け取った。 「私は、レット・ゴーを完全に生ききるのだ!」 翌日のダイナミックは、もうなにもプッシュが ない。けれど、必要なことは全部起こった。自然に。 そして、レット・ゴーだ・・・。 もはや、なにもない・・・。 レット・ゴーすら、なくなっている・・・。 ただ、そこに「いる」だけだった・・・。 よっちゃん |

| 記憶のカケラをつむぐ時 つながって きえて つながって きえて のぼって おりて のぼって おりて おりていく そしてまたのぼって のぼって のぼって のぼって 還ってゆく しずかに しずかに そっと帰ってゆく 還ってゆく 還っていく ふるさとへ きたところへ 還ってゆく 今回のブルーの旅路の中で私はなぜだか、旅の途中それぞれの事情で去らねばならない、イヤ自分の強い意志で還って行く方々が旅立つ直前にセッションを組ませてもらえる機会に何度も恵まれた。 別れを惜しむかのように、これがこの人と出会う最期の瞬間であるかのようにお互いの人生の持ち物を、存在を数分の間でトータルに与えあい合った その感覚は、肉体を離れあの世へ帰る人との最期の別れの瞬間とも似ている。 そのお役を与えられて憶い出した事。 それは妙高高原でのEarth
Mysteryの旅で知らされた今生の目的。 その波動を通して私はたずねた。 「まだ生かされている今、私はこの地球でのお仕事は何ですか?」 「天国へ行く人へ天国にも持って還れるたった一つのおみやげを渡すことだよ。」 こんな応えをその時のシェアリングの時間の中で受け取ったのです。 その応えに近いことを2~3年経った今、今回の旅の中でやらせてもらえた気がする。 例え 肉体と肉体が離ればなれになったとしても 絶対はなればなれになんかなることのできない 忘れることのできない 絶対に傷つくことのない 内なる完全なるスペースでの出逢い。 その神聖なる出逢いは、個人の交換セッションの中だけでなく、グループの輪の中でも起こった。 それはOceanic(
Fish in the sea is not thirsty)のペインティングのシェアの時。 私の絵はバラバラで、ズタズタデ痛々しくて、一人ぼっちで、悲しくて・・・・・ その絵を観つめていると、数年前 自宅でサンパティと共にいる時私の中に突然甦ってきたアトランティスの崩壊らしき記憶を憶い出させた。 その頃甦った記憶の中で突然何かが起こって、気がついたら一人ぼっちになっていた私は、バラバラなってしまった、大切なカケラを一つ一つ拾っては元に戻そうと必死になっていたが、何度試みてもできなくて、戻らなくて・・・私は一人ぼっちだ とずっと感じていた。 しかし、このグループの中で、メンバー一人一人のOceanicの絵を輪の中に観せ合った瞬間 ハートからの愛にあふれるみんなの絵が、私の傷だらけのハートの中へと一斉に押し寄せた。痛くて痛くて、暖かくて、やさしくて、うれしくて、涙があふれだした。大海の水が永遠であるように・・・大海は一つだった つながっていた 絶対にきずつけられることのない内なる完全な神聖なスペースでつながっていた。 バラバラにされることなんかできない、一人ぼっちになんか絶対になれないところに私は生かされていた。つながっていた 本当は。 Prem
Sandipa ( |

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トランスミッションオブライト2005年冬 今回は緑〜青の旅、私にとっては、ここを終えれば21日間のサークルを一周することになる。 雪の女神山−美しく守られたスペースで、森の散歩のような“無為”の波動から始まった。 2日目の“空なるハート”の波動は「おいしかった」。とってもとってもハートが広がっていく。クール・フレッシュ・ブリーズがハートを通り抜ける。ノーディメンション瞑想で要らないものを手放そうとした。でも、手放したくない自分がいる。当惑して、居心地が悪くても、逃げないで!もっと微妙な物に焦点を合わせて・・・。 少しずつ自分と出来事の間に隙間が生まれる。でも “rejoicing”の波動に痛みを感じている自分がいる。 次の、大好きな“music of sphere”の波動でも何だか葛藤が続いているようだった。 “オーシャニック”で皆と溶け合い、“聖なるものの歌”へ−一瞬一瞬キャンパスの上に自分を創造していることを思い出させてくれる。 楽しみにしていた“レットゴー”。重荷を捨てて飛び立つこと。“ヴィジョン”もっともっと高く、翼さえなく高みへと運ばれる。 最終日の“ミステリー”に来て、高みを地上の出来事に統合する。 瞑想はここにいながら上に向かっていく為の乗り物だという。 青の深さに触れ、“solitude”の波動がとても好きになった。自分と他人の境界線をはっきりさせてくれるような、自分が何物にも邪魔されない、広大なスペースを持っているということを思い起こさせてくれた。 この領域は特に、深い旅だった。雪がコクーンのように、深みへの旅を後押ししてくれている様だった。 なんだって素直に認められた。あれから3ヶ月近く経って、その問題がとても自然に落ちて来ている。 サンパティは、もう充分悲しんだり、みじめになったり、いっぱいエネルギーを使って来たから、もうこれからは幸せの為に、その同じエネルギーを使おうよって、何度も呼びかけてくれたね。 みじめになりそうになっても、何度も何度も思い出せばいいって。 一周し終えた今。何かが完結したような感じがする。しばらくその場所に佇み、きっとまた、次の旅が始まるのかもしれない。今度はどんな自分に出会うのかな・・・。 一緒に旅をしているお友達にも、たくさんどうもありがとう! Ma Prem Shola |

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