| TOL体験談 2004SPRING |

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2004年春、サンパティのTransmission of Lightは、紫に始まり、白、そしてピンクへと進んで行きました。 私がこのTOLのワークショップの日程を、フルで参加するのは初めてのことです。 1991年に和尚と初めて出合い、サニヤスをとった頃、私にはとてもとてもたくさんの憧れがあり、確かにものすごく渇いていました。瞑想の中で、あらゆるものが美しく、愛おしく、全てのものと一体となることに恋焦がれ、身を焼かれるような、強い感覚を味わいました。 あれから13年、私は、元のマインドの心配事に引き戻され、現実生活に適合することにアクセクして来たように思います。あの時の気持ちが、マインドが見た投影、幻想に過ぎなかったかのように、「憧れは憧れ、でも現実生活は厳しいんだもの・・・」とマインドの支配下にすっかり戻って暮らしていました。身近なサニヤシンから、「君は名ばかりのサニヤシンだね。」と言われる位、保身に終始していたのかもしれません。 この覚醒のフィールドは、「想い出しなさい、あなたが誰なのか。あなたは惨めな存在ではなく、美しい命なのです。」と言っているようでした。澄んだ湖に連れて行かれ、湖面を覗きこんだ時、そこに美しい自分の姿が映ったら、誰でも自分から逃げ続けることはできなくなるのではないでしょうか? そんなことがわたしに起こりました。 自分が醜い存在であるといじけて生きること、世界がいじわるで不毛であると絶望すること・・・ そんないつものパターンが、溶けていきました。なぜなら、ここに覚醒の美がリアリティを持って存在しているのです。なぜリアリティがあるのか?それは本当はわたし達がそれを知っているからではないでしょうか? この世界の否定的な思考が現実のようになり、見えなくなっているのかもしれませんが、本当は、うつくしいもの、肯定的なものこそがわたしたちを生み、生かしているのではないでしょうか? このワークショップは、わたしに、うつくしいものへの憧れ、存在とひとつになることへの渇望を、再び想い出させてくれました。もし参加していなかったら、本当に、ただ安全だけを気にかけ、とをせずに、地を這うような毎日を続けていたかもしれません。あの頃の憧れを、ひとりで想い出す気力はわたしにはもうなかったのです。 ワークショップの後も、再び掘り起こされた灯火は、小さいながらもわたしの中に留まっています。今度は、憧れを、頭や感情だけではなく、リアリティとして掴んでいくために、これからもクリスタルフィールドにいつも見守っていてもらいたいと願っています。わたしにとって覚醒のフィールドは、和尚であり、自分自身の本来の姿の象徴なのです。 2004年夏 prem shola |

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私がこのTransmission of Light に出逢って今春でまる3年。 前回の年末年始のコースが終わり、間もなく内面的な大きな変化が起こり、テイクサニヤス(和尚の弟子になること)をしてまる3ヶ月になります。そういう時だから私にとってさらなるステップの時が来ていたように感じます。 だから今回の旅はヘルパーとしてではなく、トータルに参加者として参加させてもらいました。もちろんパートナーのギリともあえて、別の部屋にしてもらいました。 トータルに参加者をして久しぶりにやらせてもらって、まず気が付いたことは、これまでの私は人のことに意識を傾けること、他の人のケア‐をすることで、100%トータルに自分自身を見つめていなかった‐自分自身と真正面から向きあってなかった‐ことです。 だから、初めてのシェアリングの時から“私今回は、人のこと一切きにしませんから、自分自身のケア‐だけしますから、よろしくお願いします。”と言い切っていました。 ところが、参加者の中で、他の人のケア‐を一生懸命する人を見て、自分がもうやめよう、やめよう、としてている自分の姿を目の前で、まざまざと鏡のように見せられて、苦しかった。苦しかったというより、腹が立って仕方なかった。 ちょっとしたことで、いちいちイライラする。そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。 とうとう限界が来て、どうしたらいいかわからなくなっていた時、私はアンボーに相談しました。 すると彼はこんなことを言いました。 「それを見ているあなたはどこにいるの?それを聞いているあなたはどこにいるの?」 そう、わたしの意識は、自分の中心にいることを忘れて、見えてくるもの、聞こえてくるものの中へどっぷり、飛んでいったのです。 そのことを知ってから、私の意識が他の何かに飛んでいきそうになったり、感情的になりそうになるたびに、 「それを見ている私がここにいる。それを聞いている私がここにいる・・・。」 と呪文のように自分自身の中で、唱えました。 そうこうしているうちに、あっという間に7日目が来て、7日目のダイナミック瞑想の時、初めて「トータルにダイナミックができた!!!!」という感じが実感としてやってきました。1年前、同じ場所で、初めてダイナミックをするたびに、「私にはできない。やっぱり私には無理だ。」と、自己嫌悪におちいっていた私が一年経ってやっと、ダイナミック瞑想の中で、Celebration!!!!!という感覚を得ることがきて、本当に嬉しかった。 サンディ‐パという名前をいただいて初めてのコース。 Prem Sandipaとは?テイクサニヤスとは何なのか?和尚のエネルギーとはどういうものなのか?実感として感じることができたように想います。 今から約18年前、7歳の私の中で始まった 「私はなぜ生きているのか?何のために生きているのか?」という疑問。 答を見つけるために絶対にゆずれない自分をみて、自分なりに守ってきた。 きっとそのころから、和尚は私を護り、ここまで育ててくれたのではないかと今回の旅ので感じました。 そしてある程度の年齢が来た時に長年のサニヤシンであるギリと出逢わせてくれたのではないかと感じました。 Prem Sandipa |

| 彼方からの呼び声 初めてこのクリスタルフィールドに出会ったのは、6年くらい前、インド、プーナの和尚コミューンで、アマリンのオーラソーマのコースを受けていた時。 ピラミッドのてっぺんにある、小さな屋根裏部屋の中で行われていたコースのナイトセッションで、いきなりサンパティと共にクリスタル・フィールドが現れた時には、あまりの美しさと神秘に、頭の中が真っ白になるような衝撃を受けた。 まだその時はサンパティにとっても生まれたてのほやほやのようなクリスタルたちと共にあって、何か不可思議な魔法の世界を見ているような、でもそれが、どこか彼方の高次元からやって来ているものに違いないという感覚は、マインドを超えた所でショックと共に確かな信頼が、あった。 そして、昨年の春。再びこのクリスタル・フィールドと再会することができ、クリスタルたちに呼び戻されるように、3回のコースにそれぞれ参加することが出来た。 昨年の1月、まさに晴天の霹靂のように大病に見舞われた私にとって、自分が肉体にいるということが、とてもギリギリの状態にあったように思う。まるで大空で綱渡りをしているような、危うい感覚の中で、肉体という器が当てにならないものとなった今、瞑想の中で自分の内側の深く深く、底の底にある、決して死ぬことのない場所ー永遠なる場所を見つけ出すしかなかった。 そしてそれはそこにあったー。光として・・・。その光だけは肉体の有無に関わらず、そこにあり続けていたし、これからもずっとあり続けるんだということがーーわかった。それを教えてくれたのは、私の愛するマスター、和尚・・・。 そんな危うい状態の中で、サンパティやクリスタルや、みんなの愛に癒されながら、いくつもの闇と光をくぐり抜けて来て、今、内なる光はどんどん強くなって来ていると思う。 サンパティのクリスタル・フィールドと、彼女の美しいワークショップは、私たちの本質が光でしかないということを、マインドでも言葉でもなく、体験として示してくれる。 何千年、何万年という地球の波動を持つ、美しいクリスタル・フィールドと共に瞑想し、彼方からの光のネクターを受け取るとき、そのサイレンスの深さは、まさに覚醒したマスターと共にいる時の感覚を直に想い出させてくれる。 そしてサンパティは、このクリスタル・フィールドはそのまま、私たち自身の姿であり、花開くべき潜在的な可能性なのだと言う。その時、私たちの魂の奥深くで、「ずっと昔からすべてを知ってる人」が、全身の細胞を喜びで震わせながら、うなづく。「うん!そうだよ。そうなんだよ!」 この光のワークは、完全に新しい何か、だと思う。それは、どんなに懇切ていねいに諭されても絶対に信じようとしないほど頑固な、私たちの古い否定的な信じ込みを、あっという間に溶かしてしまうほどに、優しくて強烈だ。そして親愛なる友だちのように、私たちに、まだ生きられていない全ての可能性を生ききるように、勇気づけ、励ましてくれる。 サンパティ自身、このクリスタル・フィールドの波動を受け取ったのは、愛するマスター和尚が肉体を離れてから数年経ってからという。 弟子のマスターへの愛、マスターの弟子への愛というのは、まさに肉体を超え、時空を超えて、こんなにも深く真実に存在するんだということに、ただ感動せずにはいられない。 サンパティ、クリスタルたち、和尚、そして虹の旅の仲間たちに、たくさんの愛と感謝をこめてーーー。 LOVE & LIGHT U.A (40代女性) |

Transmission of Light 2004Spring The journey into inner sky − from Completion to Nothing but Love こんなにも愛に憧れ、そして、その憧れとまったく同じくらい、こんなにも深く愛を恐れているなんて今まで経験したこともなかったし、想像することも、知ることすらなかった。 とてもパワフルで、エクスタティックで、歓喜に満ち溢れていて....行くところはどこもなく、何かを超えた、涙を超えた、そんな旅でした。 2003年の冬の女神山での旅から戻ってきてからなのか、サンパティからの波動を感じ始めるようになってからなのか、あるいは、サンパティが今回日本到着してからなのか、私のなかでそれがいつ始 まったかはまったくわからないけれど、私のインボケイション(呼びかけ)は何かがひとつに統合していく感じがありました。 私は、自分が誰であるのか、自分を生きる準備ができています。 私は、光を受け取る用意ができています。そして、光、それ自身が行きたいところに行くに任せます。 私は、私の生において必要のないすべてのものを落とす準備ができています。 そして、もうこれ以上それを持ち運びません。 そんなふうにして、この旅のなかでは、特に私の呼びかけは強烈さをもっていったように思います。 誰かが以前こんなことを言っていたのを思い出したりしました。 あなたが望んだとき、それは本当にそうなってしまうことがある。って。 強烈さをもってインボケイションをするとき、それは確かに何かを私にもたらしてくれます。 そのインボケイションを本当に、ほんとうにするとき、光はただ私に働きかけてくれます。それがどんなふうなのか私が知っているかと言えば、私にはまったくわかない。でも、私の身体は確かに何かを感じている。それが、時には痛みとして、頭痛として、居心地の悪い感情が湧き起こってくることとして顕われてくるけれど、そんなとき私にできることは、もう、ただただ光を受け取り、光がもたらすものにありったけ受容的でいるしかない。 私のマインドは自分に怒ったことのひとかけらすらも、全然、まったく理解していない。でも私に与えられた経験のすべてにイエス!、 どこからそれがきてるのかなんてまったくわからない。ただ、この確かな感覚だけが信じられないほどの確かさを知っている。そして、その感覚はまた、まちがいなく私が望んでいたことだってことも。 愛にただイエスと言う 生にただイエスと言う ただイエスと言う.... コミュニオンを体験したとき、その光が私のハートにやってきたとき、光とその波動はまさにピンクの爆弾だった。 ものすごく光を放っていて、ハートのなかで広がって、内側でバイブレーションしていた。それは、ほんとにもう、ピンクのハートの爆弾だった。としか言い様がない。それは私の身体のなかで踊り、歓喜を超えた何かだった。あのフィーリングをどうやって表現したらいいか....爆弾だった。ほんとに。 そのピンクの爆弾を受けてからは、私のハートはもうなんだか扉を閉ざす鍵をなくしてしまったようだった。そして、その感覚はとても奇妙だった。何かが私を乗っ取ってしまったような....その後は、波動を受けとったり、光をうけたりするたびに歓喜で涙が溢れてきて、愛の光に圧倒されて、ものすごく 「和尚」だった。 その歓喜に圧倒されながら、はっきりと「プーナに行こう」、和尚が肉体を離れる瞬間に在ったあの場所へ行きます。そんなチケットを手渡されたようでした。 4ピンクスとグレイス(優美さ)の波動.... 愛する友だちとともに分かち合ったこの体験は、新しい次元の入り口だった。 受けとることと、与えることが、ひとつのエネルギーの円環となる... それは「言葉にならないもの」であり、「豊かさ」であり、「捧げること」 であり、「愛以外何ものでもない」体験だった。 それは、新しい自分に戻った、感覚。 ありがとう。 2002年から始めたこの旅が、このサークルをようやく一周する旅を経験して、そのすべてと歓喜と体験とともにプーナに行ってきます。 Toshan |

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