2003Spring  Journey into Inner Sky-内なる空への旅-体験談

涙 そして瞑想の喜び                                      

"Journey into Inner Sky"−妙高でのトレーニング−がはじまる前のいくつかのグループ、
サンパティとの小さな会話などを通して、彼女の来日する少し前からすでに内側でのプロセスが始っていた。

私はただやたらに涙を流す日々をすごしていたことを思い出します。人生の旅の途中で Black Outしていて、どこへどうして進んだらよいかわからない不安もあったけれど とにかく理由もなく、特に心の響きあう友人の前では もろさをそのままにしたハートで泣いていました。

それから今回の内側への旅、"Journey into Inner Sky"、1週間の内なる空への旅が始り、またさらに多くの涙を流しました。それは不安から、畏怖から、感謝から、喜びから、もう何だかわからないけど泣くしかない! と、泣き笑いしたりもして。

それはエネルギーの海を昼も夜も泳ぎ続けているワークの中で、本来の生を思い出し、生きる事への信頼を取り戻すため、今までの人生の中で受けてきた傷や無意識にためてきたほこりを洗い流して清め、さらに深く深く内側の本質へたどり着こうするのに必要な事であるかのようでした。

TOL(トランスミション・オブ・ライト)は、繊細にしかしとても強い光の明晰さでそれを助けてくれます。今回私は、"Natural Freaquency"(生来の波動−44の光の波動のなかで、唯一、個人に属する波動、)を受け取りました。この"生来の波動" を体験し受け取ることで、自由な魂として広がり飛び立ちたい、オリジナルな存在としての自分と、それを時に押さえつけようとしてきた窮屈な"囲い"は、それはそれとして客観的に見られるし、変えることも、することができる。私の本質とは別のものだという理解を得ました。

そして、私が見つけた最もうれしいgiftそれは"瞑想の喜び"です。
瞑想こそが私の真実へのKey、ハートを開く鍵。真の休息を与えてくれること。
これさえあれば、絶え間なく動き、変化していく生の"旅"も喜びと共に、楽しんでいけそうだと わくわくするような希望を感じました。
ありがとう。          Masta(30歳代女性)

 

 

  〜天国への階段〜〜≫                   上村のり子                           

 "死ぬような想いをしたのに 死ぬような想いをしたからこそ  わたしはそこが好きになった・・・"    わたしはこの1週間の中で、天国への道のりを何度も何度も行ったり来たりしているような、そんな感じでした。

3ヶ月前に入院していた時、イヤ、病気を知らされてからのこの半年間は死にながらにして、先の見えない階段を  登ったり降りたりしているような、そんな感じでした。そして、今回の癒しの旅では生かされながらにして、 天国への階段を登ったり降りたりしているような、そんな感じでした。      

初めてこの旅の案内状がわたしの元へ届いた2年前の早春。

あの頃のわたしは、思うように動かせないからだを 抱え、ただただベットに横になり、家の天井と向かい合う悶々とした日々が続いていました。 そんなわたしのこころに浮かぶ大きな疑問と不満。

「なぜ、わたしはここに生きているのか?」

「なんの為に、誰の為に生きているのか?」

「今ここに私が生きていても何の役にも立たないじゃないか!!」

「きっと今わたしが死んでも、だれも困らないし、悲しまないだろう・・・。」

そう、あの頃のわたしは、天国への階段を登る気力も、地球へ還ってくる引力さえも失っていました。 そんな、さまよう私の魂をどこかの誰かに拾われ、途中下車する事のできない電車に乗せられてしまったような・・・。 そんな感じで、今わたしはここにいます。    

今回の旅でもわたしはTemple(寺院という波動)を使ってこんな問いかけをしました。 「この地球上で、これからも生きてゆく為にわたしにしかできない、わたしに与えられた仕事はなんですか?」と・・・

その問いに対するヒントはシェアリングの時にジャグジャグの声を通してやってきました。  そして、その晩

「今、この世にある物質的なものは天国へはひとつも持っていけない。だから死にゆく人が安心して天国  へ持っていけるようなおみやげを、なにかひとつ手渡すお仕事はどうだろう?」 という案が出てきました。せっかく天国への階段を何度も何度も行き来したんだから、その経験を生かして、 そんな素敵なお仕事ができるようになったらうれしいなぁという想いがフツフツと沸いてきました。

 それから1ヶ月後、これまでの旅路の想いは詩という形で顔を出し始めています。 その作業の中で、わたしは想っています。

「これは天国にもっていくおみやげじゃあなくって、天国でいただいてきたおみやげを地球に残すお仕事なのでは!?」 と・・・。(まぁ どっちでもいっかぁ。生かされてる事を楽しめてたら(笑))   今回の旅路で出逢えたみなさん、これまでの旅路で出逢えたみなさん、これから出逢うみなさん、 雲の上のみなさん、海の底のみなさん、みんなみんなありがとう!!!                                                  海苔子より愛を込めて・・・(20歳台女性)

 

 

幸せな気分 

2003年春、初めてサンパティとクリスタルまんだらに出会いました。ふつうのクリスタルとは違うなあとすぐに思いました。近よると、プーナのブッダホールにいるような静けさを感じたからです。
回りに並んだペインティングカードにも惹かれました。色がとてもきれいで、見ているだけでうっとり、幸せな気持ちになるのです。
妙高のコースでは何も難しいことはしていないのに、心が軽くなり、体が柔らかくなっていきました。存在が私の意識を引き上げようとしているかのようです。
コースが終わってからも、今までになく幸せな気分が続きました。
これは、腕を空に向かって広げ、光を受け取りたいと願う、シンプルで受容的な方法のようです。そして、より受け取るために瞑想したくなる、そんなグループなのでした。
こんな体験は初めてです!          s(30歳代女性)

 

 

*困惑そして新しい旅*

日常とかけ離れた体験もあって戸惑いもありましたが、みんな温かい人ばかりで素敵なメッセージもたくさん頂き 何もよりも自分を見つめ直すいい機会を与えてくださった事に感謝します。

シェアリングの時でも言いましたが、ダイナミック瞑想の時、最後のステージでは"踊ろう"という意識を超えたところで気がついた時には音と一体化して動き出している自分があって、ほんとうに意識を超えた動きというものに初めて出会った感じで何とも言えない喜びがあふれたのを忘れられません。サンパティからのメッセージ、"マインド、感情では満たされない、存在が満たしてくれる"を体で感じられた様な気がしています。
 ギリもプーナから帰ってきてからギャップで自分を閉じたことがあったとの話、とても共感してまたほっとしていました。自分だけでなく、みんな色々なプロセスを経て進んでいるのだと・・・・・・。
私は色々な感情の波が来て混沌としたものがフツフツとしている感覚が続いたりしてます。

今回のグループに対して親に対しては適当に言って出かけてしまったのですが、帰って次の日私にとっては、大きな出来事が起こりました。
"1週間も何してたの?!"と改めて母! "クリスタルで瞑想したり、踊ったり・・とか言葉では説明しづらい・・ "と伝えると、"言えない事をしているのはおかしい、危なっかし−"との返答。私が隣の部屋にいる時、深刻モードで父と"変な宗教じゃないの?! 誰からそんな情報を知ってくるのか?!"etc 話しているのを耳にして本当に泣けてきました。

わかってもらえない悲しさ、どう言葉で説明していいのかわからなかっただけなのに・・・etc, 色んな想いがうずまいてきてしまって・・・・その夜、助けを求める様に普段使っているメディスンカードを引いら"こうもり"が出て、それは古いパターンを手放し、新しいパターンを身に付けるという様なメッセージが出て、私は何だか"宇宙はちゃんとサポートしてくれてる!!"って思えたのです。
それから私は母親のネガティブなものに一時飲み込まれてしまっただけだと少し冷静に自分が見えてきて、母親のものは母親のもので、自分のものでないと・・・私はいかに今までいろんな人のマイナスな意識に惑わされ、もらってきてしまったかを見る機会にもつながっていきました。
母親には次の日、自分ながら言葉を選び説明したら、充分解ってもらえなかったけど、何か受け入れてくれました。やはり、人の感情に巻きこまれ易い古いパターンは手放す時期かなあ と思いました。
感情について言えば きちんと主張することは自己に責任を持つ事につながるって話をしてもらって嬉しかったです。私は怒りの感情に支配される事が多いのですが、本当に今まで外に言い訳を作って(無意識的にも)自分の感情をいかにないがしろにしてきたか、押し殺すパターンが身にしみてしまっている自分ができたかを思い知らされました。そこにどうして恐れがはびこっているか自分でも不思議なくらいです。

また、ジャグルティさんからサンパティがアトランティス時代の事をともにしたことを思い出したことについて話されていた事を教えてもらいました。すぐにアトランティスのことを読みました。エジプトとのつながり、ラピスラズリはエジプトでのカルマetcを多く引きずっていること・・・・。私が今まで体験したことや瞑想で受け取った映像に深くつながっていることにびっくりしました。また新たな大きな旅がはじまるようでワクワクしています。      H子    (20代女性)

 

 

日常の変化


私は前半だけの参加だったので4日というとても短い間だったのだけれど、今思うとどうしてあれだけの時間であそこまで自分が強烈に揺り動かされたのだろう、と不思議に思うほどだ。
グループの途中からは混乱しはじめて、何かはわからないプロセスが自分の中で進んでいるのを感じていた。後になって思ったのだが、あれは混乱していたのではなく、自分の中にある混乱をそのまま見せつけられただけだったのではないだろうか。

途中浮かび上がってきたことは、今までに自分の課題、として気付いていたことも多く、せっかく気付いたそれを如何にそのまま放り出して見て見ぬふりをしてきたのか―とがっかりしたり、自己嫌悪に陥ったりの繰り返しだった。

妙高でのグループの前に1dayのイベントにも参加していたが、その時もグループの最中よりも後から色々なことが起こってきた。今回もあのグループから1ヶ月以上経ち、人間関係など外的なものも含めてどんどん変わって行っている。TOLは本当に日常に強く変化を及ぼすワークなのだと思う。
そういう訳で私のプロセスはまだまだ続いていて、とりあえず今感じているのは、こんなことだ。
 

今は自覚的に高いところとつながることが必要な時期だ、ということ。         そしてもう一つ。色々あって駄目な自分、嫌な自分をどれほど放り出したくなっても、優しく辛抱強く、そのそばにいてやること。そうやって、自分を愛してやること。

グループの中で現れたそのイメージを折に触れて思い出している。
逆に言えば、今までどれだけ自分を無視して来たのか、ということも痛感しているのだった。
                       M . T(30歳代女性)

中道、Middle way.


二つの何かのあいだの道。極端でなく、まんなかあたりにいること。
パートナーとのボディーマッサージを通して、それは訪れた。
長い長いあいだ、ずっとしこりとなって消えなかった痛み。憎しみ。怒り。それはわたし自身からではなく、わたし以外の人から受けた痛み。ずっとそれを許せず、許さず、決して許したくない、許したら自分がボロボロになってしまう、ぜったいに許すことを自分に許さない。と、かたくなになっていた。文字通り、わたしのからだは本当にカタイ。

それが、なぜだかどうしてもわからないけど、その人との和解がおきた。それは、許しではなく、和解という言葉がぴったりする。許すことはまだできないのからなのかもしれないけれど。。。。
わたしがあなたから受けた傷は忘れることはないでしょう。痛みがある日忽然と姿を消すように無くなることはないかもしれない。でも、わたしはあなたと和解しました。今からは、ここからは、わたしは1人で行きます。

からだを通して、そんなことがおきるなんて思ってもみなかった。痛みが刻まれているボディの感覚は当然のように少しだけ鈍くなってたから。繊細に感じることにフタをしてきたから。
しかも、それは「受けとる」ことからではなく、「与える」ことからおきた。何かとても親しく、近しいと感じる相手のボディにMiddle Wayの波動を相手と享受しながら。。。それがとても新鮮な体験だった。

私たちがもってきたもの、私たちのものではないもの。私たちの光の存在は私たちであることだけを教えてくれる。
サンパティがこんなふうにシェアしてくれた。
クリスタルたちはそれぞれの波動が自分に入ってもいいと、そのことを受け入れる時クリスタル自身のエゴをLet Goする。自分がもっていた、もたらされていたかもしれない記憶、情報、すべてをLet Goする。

それはまさに私たち人間と同じだ。
新しい、そして本来の波動を受け入れることを自身に許したとき、本来自身でなかったものが落ちていく。あるいは、自身のものではないと気づいたものが意識の光にきざまれていく。

自分自身の肉体にその光を許したとき、光は波動となって私たちの身体に、細胞に、魂の記憶にとけていく。

脳外科手術が完了し、新たな旅を続ける強さとスペースを持っている自分に感謝しながら、旅の仲間たちにありがとう。

 Toshan (30歳代女性)


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